吉川英治が描く、壮大な歴史ロマン長編を毎週配信 週刊 三国志

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各話あらすじ

第1話 桃園の誓い

涿県楼桑村(たくけんろうそんそん)出身の青年、劉備玄徳(りゅうびげんとく)。
蓆(むしろ)を売って生活をしていた彼は、2年間ためた小遣いを使い、母の好物である茶を手に入れた。しかしその帰り、玄徳は世を席巻していた黄巾賊(こうきんぞく)に囚われてしまう。
張飛(ちょうひ)の助けを受けなんとか逃れた玄徳は再び蓆を売る生活に戻るが、ある日、張飛が訪ねてきた。彼は玄徳に「黄巾賊に蹂躙される世をこのままにしていてよいのか」と問いかける。それに対し玄徳は自分の血には漢の中山靖王劉勝(ちゅうざんせいおうりゅうしょう)の血が流れていること、今は機を伺っていることを告げた。
これを聞いた張飛は喜び、彼の義兄弟であった関羽(かんう)を玄徳に引き合わせる。彼ら三人は力を合わせ、黄巾賊を打倒し、世を救うと。
そして門出の日、玄徳の家の近くの桃園で誓いの儀が催される。世にいう「桃園の誓い」である。玄徳、関羽、張飛は、玄徳の母が見守る中、生きる時も死ぬ時も一緒と誓う。

第2話 董卓の専横

黄巾賊の長、張角(ちょうかく)が倒れ、黄巾の乱が平定された後、都で権勢を得た董卓(とうたく)。彼は自らの力を頼りに横暴の限りを尽くしていた。
そんな董卓に反旗を翻したのは曹操(そうそう)であった。曹操は各所に檄文を飛ばし、袁紹(えんしょう)を総大将とした反董卓の義軍が結成したのだった。
義軍と董卓軍の戦いは、義軍が勝利を収めるが、董卓は当時の都・洛陽(らくよう)を焼け野原にした上、皇帝を連れて遷都するという行為に出る。曹操は洛陽の様子を知り董卓を追うよう主張するが、これは洛陽を得たことで満足する総大将・袁紹により却下された。単独で追った曹操は大敗を喫し逃げ去り、義軍は袁紹の指示により解散された。
新たな都となった長安(ちょうあん)では相変わらず董卓が大きな力を持っていた。これを憂いていたのが司徒王允(おういん)である。彼には絶世の美女として知られている貂蝉(ちょうせん)という養女がいた。王允と貂蝉は共に計り、貂蝉の体を使い、董卓と呂布(りょふ)を仲違いさせた。そしてついに、董卓は呂布により殺されるのであった。

第3話 関羽千里行

董卓亡き後、世界はより大きな混乱に包まれた。
ここで力をつけたのが曹操であった。彼は混乱する都・長安から皇帝を助け出し、許昌(きょしょう)への遷都を進め、自らは漢王朝の丞相(じょうしょう)となり、ついには皇帝を超える力を持ち始めた。
劉備玄徳はこのとき、徐州(じょしゅう)にいた。曹操を討つため力を蓄えていた玄徳であったが、彼を高く評価する曹操に先手をとられてしまう。玄徳たちは応戦するが、彼我の戦力差は圧倒的で、玄徳と張飛は行方不明となり、関羽は玄徳の家族を守るため、曹操に降った。
曹操は関羽を愛し、彼を心底味方にしたいと心を砕く。しかし関羽にとっての主は玄徳しかいなかった。曹操のもとにいる間も常に玄徳の行方を捜していた。
そしてついに玄徳の行方が分かった。降る際、玄徳が見つかったらすぐにも都を去ると約束していた関羽は、玄徳の家族を連れて出立する。
これを知った曹操は関羽の忠誠心に感服しこれを認めるが、部下たちはそうではなかった。関羽と玄徳の家族を殺そうと待ち構える。しかし関羽は強かった。実力で5つの関を突破、ついに玄徳、そして張飛と再開を果たしたのである。

第4話 三顧の礼

義兄弟3人が再び集まったのち、劉備玄徳は再び曹操と戦うが敗退。彼らは荊州(けいしゅう)の劉表(りょうひょう)に身を寄せていた。そしてその地で偶然に出会った司馬徽(しばき)により、自らの軍に智者が足りないことを教えられる。彼の口からは「臥龍(がりゅう)か鳳雛(ほうひ)。そのうちの一人を得れば、天下を得ることができる」とも教えられた。
改めて才能を欲した玄徳は智者を探す。まず玄徳のもとに現れたのは徐庶(じょしょ)という人物であった。彼を軍師に据えた玄徳軍は力を増し、攻めてきた曹操を後退させるほどになった。
しかし徐庶はすぐに玄徳のもとを離れてしまう。曹操は徐庶の母を使い、彼を都へと奪ったのである。
徐庶は別れの際、1つの手土産を残す。それは臥龍・諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)の居場所であった。
玄徳は関羽と張飛を連れて孔明を訪ねる。1度目は留守、2度目も留守であった。一方の農夫に対して一城の主が何度も訪れる事を二人は非難するが、玄徳の決意は固い。義兄弟を連れた3度目の訪問で、ついに玄徳は孔明と相まみえた。孔明はその姿勢に感動し、玄徳に忠誠を誓うのであった。

第5話 赤壁前夜

劉備玄徳は諸葛亮孔明を得て、その軍力はさらに強化された。これを恐れた曹操は、自ら大軍を持って玄徳を襲った。
圧倒的な戦力の差に、現時点で勝ち目のない玄徳は退却をするも、これは大きな困難を伴った。玄徳を慕う農民を連れての退却となったからである。張飛と趙雲(ちょううん)の活躍もあり、なんとか逃げ切った玄徳であったが、曹操の大軍は撤退したわけではない。
そこで孔明は呉(ご)を動かし、共に曹操と戦うことを提案。自ら呉の国へ乗り込み、孫権(そんけん)を説得しようとする。
このとき、呉の国で曹操と戦うか、それとも降るか、最終的な決定権を預けられたのは、大都督・周瑜(しゅうゆ)であった。
孔明は呉の重鎮たち、そして周瑜と舌戦を繰り返し、ついに呉を開戦へと導いた。

第6話 赤壁の戦い

遂に開戦は決まった。孔明はそれからも呉に留まり、ともに作戦を検討する。
呉の大都督・周瑜は100万の戦力を持つ曹操の魏軍(ぎぐん)に対抗するため戦略を練るが、一方で呉を開戦に導き、優秀な頭脳から作戦を授ける孔明を恐れた。そのため彼は、作戦の途中で孔明を殺すことも密かに決意する。
そして遂に決戦のときは来た。周瑜はすべての準備を整えたが1つだけ足りないものがあった。それは「東南の風」である。火計を持って曹操の水軍を焼き尽くそうと考えていた彼であったが、風向きが悪く、火計を行うことができなかったのである。
そこで孔明は「3日3晩の祈りを持って東南の風を吹かす」と進言した。実は孔明には長年の天候観察から数日のうちに東南の風が吹くことが分かっていたのである。
3日の祈りの結果、ついに東南の風は吹いた。いよいよ孔明を恐れた周瑜は急いで彼を追うが、その追撃はこの状況を想定していた孔明によって防がれる。
悔しがる周瑜。しかし、当面の敵である曹操に頭を切り替え、周瑜はこれを撃破する。「赤壁の戦い」は呉軍の勝利に終わったのであった。

第7話 荊州攻略

「赤壁の戦い」は呉軍の勝利に終わった。魏の曹操は痛手を負ったが、呉も相当の傷を負う結果となった。しかもそれにより得られたものも少なかった。そこで周瑜は戦果を得るため、曹操が治めていた荊州(けいしゅう)を併呑しようと望む。
しかし一方の劉備玄徳も荊州を狙っていた。ここを彼の橋頭保(きょうとうほ)としようと考えていたのである。
周瑜は玄徳と会談し、「まず呉が荊州を攻め、それが失敗したら玄徳が攻めてよい」という約束を結んだ。そして周瑜は荊州へと侵攻する。しかしその結果、苦戦している隙を突き、玄徳が荊州を手に入れてしまう。さらに玄徳は荊州南方の四郡も制圧。ここに初めて、自らの土地を持つにいたったのであった。
悔しがったのは周瑜である。彼はそれからも様々な手を尽くし、玄徳と孔明を殺すように各策をするが、すべて孔明によって破られてしまう。
そんな中、周瑜に死が訪れる。たび重なる孔明への恨みに病が悪化し、夭折してしまったのだ。呉の国ではこれを悲しんで国葬を以て篤く葬った。そして大都督は魯粛(ろしゅく)が受け継ぐのであった。

第8話 蜀を望む

荊州を手に入れた劉備玄徳が次に目標としたのは蜀(しょく)の地であった。もともと孔明が提案していた「天下三分の計」、つまり、魏の曹操、呉の孫権に対して、蜀をとることで中国を三分し、彼らに対抗するという戦略に沿ったものである。
蜀ではこのとき、漢中に根を張る張魯(ちょうろ)の脅威におびえていた。蜀を治めていた劉璋(りょうしょう)は、まず曹操に協力を要請しようとするが、これができないとわかると、今度は玄徳に援軍を頼んだ。
玄徳はこの誘いに乗り、蜀に入る。もちろん腹には蜀を奪おうという意思があった。
しかし劉璋は宗族であり、人もよい。部下たちはすぐにも蜀をとろうと主張するが玄徳はその決断を下せず、劉璋のために張魯と戦う日々が続いていた。
そんなある日、転機が起こる。玄徳が要請した援軍に対し、劉璋が老人兵ばかりをおくるなどの不義理を働いたからである。
これに怒った玄徳は蜀攻略を実行に移した。途中、軍師・龐統(ほうとう)の死から窮地に陥った玄徳であったが、孔明・張飛・趙雲・黄忠(こうちゅう)らの活躍でこれを脱し、遂に蜀の都・成都(せいと)を制圧。
これをもって玄徳は、曹操・孫権と並ぶことができたのであった。

第9話 漢中王・劉備玄徳

蜀を自領とし、魏の曹操、呉の孫権と並ぶ勢いとなった劉備玄徳。しかし玄徳が蜀を安定させ、国力の充実を計っているうちに、漢中の張魯は魏に併呑されてしまった。
漢中から蜀は近い。魏の侵攻を危惧した玄徳は呉へと使いを出し、呉が魏へ攻め入ることを条件に蜀も兵を漢中に出し、これをとったら荊州を返還するという約束をする。
以前より懸念となっていた荊州を巡っての玄徳と孫権の間の諍いが、これで一時決着を見るのであった。
呉は約束通り魏へ攻め入った。この戦いは双方に大きな損害を出し休戦となったが、この間に戦力を整えた玄徳は、漢中へ兵を向ける。漢中を巡る戦いは、黄忠、張飛、趙雲らの活躍で、蜀が優位に進んだ。連戦連敗となった魏の曹操は、息子の曹彰(そうしょう)の援軍もあり一時勢力を盛り返す。しかし大勢は変わらず、遂に蜀軍は魏軍を破る。引き際を誤った曹操は命からがら退却するありさまであった。
劉備玄徳は漢中を制したことで「漢中王」を名乗り、これを天子に奏した。これにより玄徳は、名実ともに魏や呉に、伍する勢力となったのであった。

第10話 関羽、不覚を取る

「漢中王」を名乗り、魏の曹操、呉の孫権に比するだけの実力を持った劉備玄徳。
玄徳のもとには、関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠らの武将が並び、さらに軍師として諸葛亮孔明がいる。日の出の勢いの蜀に対して、魏と呉は警戒を強めていた。
呉は迷っていた。蜀と結ぶか、それとも魏と結ぶか。これが呉の命運を分けるのである。
悩める呉の孫権は荊州にいる関羽に使いを送った。関羽の娘と自身の息子の婚姻を結ぼうとしたのである。これが成れば、蜀と組み、成らなければ魏と組もうというのであった。
果たして関羽はこれを一蹴した。
怒った孫権は魏の曹操に使いを出した。関羽のいる荊州を攻めることを条件に同盟を結んだのであった。これにより事態はまた大きく動く。
孫権との約束通り、荊州へ兵を送った曹操。対する関羽は逆に自ら魏へ兵を進め、彼らの城を攻めとろうとした。
この戦いは荊州軍優位に進む。後方では呉の呂蒙が荊州を伺っていたが、関羽の備えに悩みを募らすばかりであった。
この状況を変えた人物は、呉の若き将、陸遜であった。彼の知恵を以て、呂蒙は荊州の奪取を叶え、ついには関羽を追い詰める。麦城にて彼を捕えたのだ。
玄徳と桃園の誓いを結んだ義兄弟、関羽の生涯はここで閉じることになる。
またそれからほどなくして、乱世の奸雄といわれた曹操も世を去った。

第11話 英雄たちの明滅

関羽、そして曹操。戦国の世を生き抜いて来た英雄たちがこの世を去った。
そしてほどなく、魏王・曹丕によって、漢王朝も潰える。
劉備玄徳はこれらの出来事に打ちのめされ伏せってしまうが、孔明は玄徳に皇帝の座に就くことを要請。遂に蜀漢の皇帝・劉備玄徳が誕生したのであった。
皇帝の座に就いた玄徳に、覇気が戻って来た。その覇気の矛先は、義弟・関羽を討った呉に向かう。呉に対する弔い合戦に大軍をもってあたることを決意したのである。
大戦の矢先、1つの悲劇が生まれる。張飛が死んだのであった。
彼を殺した人物が呉に逃げたことを知ると、玄徳は、より一層の気魄をもって、呉へ進軍する。
この大戦は始め士気高い蜀軍の優位に進むが、呉の名将・陸遜。彼の登場により、戦況が一変し、呉軍に軍配が上がった。
大敗を喫した玄徳は、白帝城に逃れた。しかし、大敗の責任を感じる玄徳は意気消沈し、病気にかかってしまう。自らの死期を悟った玄徳は、その城に孔明を招き、遺孤を託した。
そして皆の悲しみの中、遂に息を引き取るのであった。

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黄巾賊を平定した後、皇帝を蔑ろにし、自らの権力を広げようとする権力者たちの争いが続き、戦乱の世は続く。その混乱の中で、常に漢の国のためにと奮闘する義兄弟たちの姿を描く歴史大河ロマン、その前半部分をお楽しみください。
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漢の中山靖王劉勝の血をひく青年・劉備玄徳。
彼は、関羽雲長と張飛翼徳という同志に出会い、桃園で義兄弟の誓いを立て、共に世を正さんと立ち上がります。名将・名軍師たちの奮闘と、漢王朝の歴史を語る不朽の名作を、ぜひ音声でじっくりとお楽しみください。
各話バックナンバー
週刊 三国志「第1話 桃園の誓い」
楼桑村出身の青年、劉備玄徳は、蓆を織って暮らしていたが、その体には漢の中山靖王劉勝の血が流れていた。茶を求める旅の途中、黄巾賊に囚われ、形見の宝剣を渡してしまった玄徳であったが、母の喝により再び血の定めを思い起こした。
黄巾賊に対抗する義勇の士を募る高札を目にした劉備は、偶然に再会した豪傑・張飛翼徳に、秘めたる胸の内を語ったのだった。
週刊 三国志「第2話 董卓の専横」
黄巾賊の乱が平定された後、混乱に乗じて権勢を握り、都・洛陽で横暴の限りを尽くす西涼の刺史・董卓。これに対し、曹操は諸侯に檄文を飛ばし、袁紹を総大将とした反董卓の義軍を編成した。桃園にて義兄弟の誓いを立てた劉備・張飛・関羽の3人もこの義軍に加わった。
憂国の英俊精猛たちが、董卓の専横を打ち破るために立ち上がったのであった。
週刊 三国志「第3話 関羽千里行」
董卓亡き後、混乱ののちに力を強めたのは曹操だった。玄徳は、皇帝を蔑ろにする曹操との対決を心に決め、徐州にて独立するが、二十万の大軍を率いて攻め入られた玄徳は、ひとり袁紹の元へ落ちのびた。
玄徳とはぐれた関羽は、劉備の消息が分かり、曹操に恩を返した暁には速やかに立ち去るという条件つきで曹操のもとに身を置く。曹操は関羽を繋ぎとめようとするが、関羽はやがて玄徳の消息を掴むのだった。
週刊 三国志「第4話 三顧の礼」
劉備玄徳は、敗戦後各地に散っていた関羽、張飛、そして孫乾らと再集結した後、曹操の留守を狙って許都を攻める。
しかし、戻ってきた曹操の大軍に返り討ちにあい城を失った玄徳は、今度は荊州の劉表に身を寄せる。
劉表は玄徳を快く受け入れたが、それを好まない蔡瑁に命を狙われる。辛くも罠から逃れた玄徳は、優れた人物が必要だという司馬徽の意見を聞き、野に人物を求め始める。
果たして劉備は、才能ある人物を得ることができるのか。
週刊 三国志「第5話 赤壁前夜」
北方を攻略した曹操はさらに陣営を強化し、玄徳を討つため大軍を率いて南下してきた。僅少の軍で曹操と対峙し、民衆を率いて辛くも逃げ延びた劉備玄徳だったが、曹操はさらに玄徳を追い詰めるべく、呉の孫権に使いを出し、共に玄徳を倒そうと持ちかける。
孫権が曹操と同盟を組めば、玄徳に勝ち目はない。それを阻止するため単身で呉に赴いた孔明は、孫権に開戦を決断させるべく舌戦を繰り広げる。
週刊 三国志「第6話 赤壁の戦い」
いよいよ魏と呉は決戦に臨むこととなった。緒戦では呉の水軍が魏の水軍を打ち破ったものの、魏は蔡瑁と張允の力を借りて立派な水塞を構えて次の戦いに備えていた。秘密の計略によって魏の水軍を束ねる蔡瑁と張允を排除した周瑜だったが、諸葛亮孔明だけはそれを見抜いていた。孔明の智謀を恐れて彼を排除しようとした周瑜だったが、曹操を倒すための計略を練るうち、二人は同じ考えを持つに至る。着々と計略の準備は進み、東の風が吹いた時、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
週刊 三国志「第7話 荊州攻略」
赤壁の戦いに勝利した呉は、荊州を併呑せんと望む。しかしその時、劉備玄徳も荊州攻略の準備を進めていた。周瑜の隙をつき、一気に三城を手に入れ、勢いに乗って荊州を攻略せんとする劉備玄徳。しかし、劉琦の死により状況は一変する。劉琦なき後は、荊州を呉に返却すると約束をしていたのである。約束通り荊州を求めてやってきた呉の魯粛に対し、果たして玄徳と孔明はどのような方法で対峙するのか。
週刊 三国志「第8話 蜀を望む」
関羽、張飛、趙雲らの勇将に加え、諸葛亮孔明と澄統士元の2人の軍師を有し、荊州の地を手中に収めた劉備玄徳。そのとき、蜀では異変が起こっていた。漢中に勢力をはる張魯が、その野心を蜀に向け、攻めてくるというのである。蜀の使者・張松は、曹操に謁見するも追い出され、劉備玄徳に助けを求める。遂に蜀に入り、蜀に援軍を派遣して協力するうち、玄徳は本心から蜀を手に入れることを決意する。
週刊 三国志「第9話 漢中王・劉備玄徳」
蜀をとり、曹操・孫権と肩を並べられる存在となった劉備玄徳。次に目指したのは漢中の制圧であった。このとき漢中を併呑していた曹操も積極的に蜀の境に軍を進め、曹洪を総大将とする魏軍と蜀軍は戦闘を開始する。曹洪の慎重さを悔しく思っていたちょうこうは、3万の兵を以て、張飛に戦いを挑む。張飛、関羽、そしてその活躍に負けじと老将や曹操・玄徳の息子達までが前線へ出る戦いとなったこの大戦のゆくえとは?
週刊 三国志「第10話 関羽、不覚をとる」
関羽によって、呉の使者、諸葛瑾は追い返された。この無礼に対し孫権は怒り、呉と蜀の間に再びの亀裂が走る。荊州と戦うべきか迷う呉は、まず魏と結び、彼らに攻めさせようと考える。そして魏の曹操は、蜀と呉の連携を恐れ、この要求を受け入れたのである。ここに、魏呉不可侵条約が締結され、魏の荊州侵攻策が計られた。対するのは荊州を統治する関羽。関羽は、寡兵で麦城にこもるが、城の周りは呂蒙の指示で呉の兵が取り囲み、隙もない。追い詰められた彼は、最後の力を振り絞るが……。
週刊 三国志「第11話 英雄たちの明滅」
関羽、そして曹操が死に、曹操を継いだ魏王・曹丕によって漢王朝も亡びた。劉備玄徳はこの事態を悲しみ伏せっていたが、孔明のすすめにより蜀の皇帝の座につく。玄徳は、関羽の敵をとろうと呉へ向けて軍を動かした。これを一番喜んだのは、義兄弟の張飛であったが、遠征に出る直前、部下の反乱に遭い、殺されてしまう。これを野営の場で知った玄徳は悲しんだが、張飛の子・張苞、関羽の子・関興の二人を陣に加え、より強固な信念を以て、呉へ向かうのであった。
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